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今年もまた鞆の浦温泉へ♪ [広島]

無事に母も復活し、今年もまた、お正月の我が家の恒例行事として、
広島県福山市にある鞆の浦(とものうら)のホテル鴎風亭へ行って参りました。

ただ、いかにせん・・・
こうしょっちゅう行ってると、すでに観光しつくしてしまい、
はて、今年はどうするかと考えたところ、
「もうあそこしかナイ!」ということで、
ホテルの目の前に浮かぶ仙酔(せんすい)へ行くことになりました・・・

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さて、そんな島へは、渡船の「平成いろは丸」に乗って約5分で到着です。

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ところで何故“いろは丸”かといいますと・・・
慶応3(1867)年4月23日の霧の深い夜、
坂本竜馬と海援隊が乗ったいろは丸が紀州の明光丸と衝突し、沈没したのが、
ここ鞆港近くの宇治島南4kmの地点だそうで、
竜馬ゆかりの地として、蒸気船“いろは丸”を模した
レトロな雰囲気の「平成いろは丸」を2010年1月9日に就航し、
往復240円で仙酔島まで連れてってくれるという訳です。

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そうやって到着した仙酔島は、
瀬戸内海国立公園のほぼ中央の鞆の浦に浮かぶ周囲約6kmの小さな島です。
そしてその島のほとんどは仙酔岩体(せんすいがんたい)という、
火山活動によってできた流紋岩質凝灰岩(りゅうもんがんしつぎょうかいがん)からなっており、
まわりに散在する大小の島々と共に、瀬戸内海らしい景色となっています。

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そんな景色を眺めながら海岸線遊歩道を歩くと、所々に解説板があり、
およそ九千万年前の火山活動での噴出物が積もってできた流紋岩質凝灰岩や
火山活動が小休止する間にできた仙酔層、マグマが脈状に貫きできたひん岩、
そして地層が断ち切れできた断層など、地球の変動の一端を垣間見ることができました。

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恥ずかしながら、今まであまり興味なかったわたしですが、
こうやって解りやすい解説を読んで、チョッピリお勉強した次第です。
ああでも、いつかまたこんな大きな火山活動が起るのかと思うと、
恐ろしくもなりましたが・・・

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さて、そんな仙酔島からホテルに戻り、いよいよお楽しみの夕食です~[るんるん]

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お正月らしい飾り付けで、どれから箸をつけるか迷うほどの前菜から始まり、
太刀魚や車海老の大鉢盛り込みのお造りと、
わらで炙った鯛の塩叩きまであり美味しいったらありゃしない~~[ぴかぴか(新しい)]
そして昨年、美味しさにうぅ~んと唸った雲丹風味のフォンデュへとつづき、
お馴染み穴子の素焼きに広島牡蠣(わたしは鯛)のフェロー揚げ、
そして潮汁と鯛めしでみんな満腹となり、
デザートのクレームダンジュをどうにか押し込み完食したのでありますが、
ただ一つ残念なことが・・・
いえね~一番楽しみにしていた雲丹風味のフォンデュのお味が変わってた!?
昨年に比べ、雲丹の味が消えてたように思うのですが・・・
ナンでだろ?板さんが代わったのかしら?はてさて、真実は如何に??

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そしてあくる日は、昨年通りに豪勢な朝食を美味しくいただきホテルを後にして、
JR福山駅の裏にあり、新幹線に乗っていてもよく見える福山城へ寄ることになりました。
ほら、本当にすぐ傍でしょ!

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ところで福山城は、1619年(元和5年)水野勝成が備後10万石の主として築城し、
廃藩置県までの間、水野氏5代、松平氏1代、
そして幕末、老中筆頭として日米和親条約を結び開国へと導いた阿部正弘、
その阿部氏10代と続き、藩治の中心となっていたんですね。

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で~~ここで少し余談ですが・・・
かの阿部正弘といいますと、若くして老中首座となり、美男子だったことでも有名です。
で、わたしがハマった大河ドラマ{篤姫」の時は草刈正夫が演じており、
大奥にも受けが良かったように描かれてましたが、確かに!
こちらにあった銅像のお顔も涼やかな目元が優しげなナカナカのイケメンでございました~[手(チョキ)]

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また伏見櫓は、徳川秀忠が京都伏見城の「松の丸東やぐら」を移建させたもので、
国の重要文化財に指定されています。
ただ、天守閣は昭和20年8月の空襲で焼失したため、昭和41年に復原されたそうですよ。

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でね、今は考古・歴史資料などを収蔵・展示する福山城博物館となっているのですが、
その天守の閉ざされた門にあった案内板を見てやっと気付いたわたし達・・・
ナント~その日は休館日じゃありませんか~~[あせあせ(飛び散る汗)]

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それで仕方なく、下からだけ天守を見上げて帰って来た次第ですが、
そこまで行くまでにも、やたら人が少ないことにも気付かないなんて、
チョイとお喋りが過ぎてたのかもね・・・

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ホテル鴎風亭でご馳走三昧~(*^^)v [広島]

そうやって、倉敷を発ち1時間半後には目的地のホテル鴎風亭に到着です。

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目の前には瀬戸内海が広がるロビーラウンジで、
ここ広島県福山市鞆町名産の保命酒(ほうめいしゅ)に梅酒を加えた、
チョイと甘めのウエルカムドリンクをいただのですが、
何分、倉敷からお茶さえ飲まずに来たもので、とても美味しく思えました。

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そしてその後、みんなが待つ部屋に案内され、すぐにお湯に浸かってから、
お待ちかね~[揺れるハート]
今宵のディナーの始まりです~~[るんるん]

ちなみにこちらのお料理は、
プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選料理部門に9年連続入選しており、
瀬戸内の旬のお魚を中心にしたお料理が楽しめます。

ということで、先ずは食前酒を軽くいただき、車海老と黒鮑、
それに鰆白子のフカヒレ茶碗蒸しの温菜からはじまり、地魚の姿造りですね。

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手前が鰆のたたきで、奥の紅芯大根の上に乗っかったのは車海老とタイラギ、
それに鯛の重ね造りと水前寺海苔と渦巻き大根の酢合わせで、
それらを辛口の白ワインでいただきながらみんなして「美味しい~[ぴかぴか(新しい)]」の連発でした。
また、料理長こだわりの一品として、
何とも珍しいウニ風味の海鮮フォンデュなども出され、
ウニ大好きなわたしとしては、大満足したのは言うまでもありません~[手(チョキ)]

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その後も穴子、渡り蟹、広島牡蠣、そして鯛の釜飯へとつづき、
最後は中にとろ~りチョコが入ったフォンダンショコラのフルーツ添えでした。

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いやぁ~今回も期待を裏切ることなく、
全て美味しくいただいたわたし達でした~[ぴかぴか(新しい)]


そしてあくる日の朝、洋食か和食かどちらか選び、
今回わたしは和食にして、そのメニューがこちらです。

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朝といっても豪華なメニューで、きれいに完食したのは言うまでもないですね。


そうやって朝食を済ませ、初詣がまだだったわたしだけ、
散歩がてら、古い町並みを眺めながら、
近所にある沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)へと向かいました。

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1800年以上前からある古い社で、鞆祇園宮(ともぎおんぐう)ともいわれ、
大綿津見命(おおわたつみのみこと)と須佐之男命(すさのおのみこと)、
二人の神様が祀られてるそうで、振り返れば左手に鴎風亭も見えました。

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なお、前回も少しご紹介しましたが、ここ鞆は歴史の古い町で観光にも事欠きません。
なので興味がおありの方は、こちらの以前の記事も合わせてご覧くださいね。

さて、そうやって母の体調も良く、今年の温泉旅行は無事に済み、
帰りは赤穂に近い日生(ひなせ)に寄り、わたしはアレルギーで食べれないけど~[ふらふら]

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みんなして、日生でただ今売り出し中の牡蠣のお好み焼き「カキオコ」や、
牡蠣焼きを頬張り帰途につきました。

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あ~、それにしても、今年はみんな健康で良い正月を迎えることが出来、
感謝!感謝!!ですね~~[揺れるハート]


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瀬戸内へ~尾道編 [広島]

さて、あくる日は鞆の浦から1時間ほどの尾道へ~[車(RV)][ダッシュ(走り出すさま)]
ただ、高齢の母や足を痛めている姉がいるもので、坂の多い尾道観光は諦めて、
それではと、映画好きな我が一家・・・
海のそばの市役所前に位置するおのみち映画資料館へと向かったのでした。

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明治時代の木造倉庫を利用した館内には、
わたしが子どもの頃に見た加山雄三の若大将シリーズなど60~70年代のポスターや、
「東京物語」など、生涯、家族をテーマに映画作りをした小津安二郎、
そして広島県出身で、昨年、98歳となり監督引退した新藤兼人監督など、
尾道ゆかりの映画資料が多数展示されており、
母娘共々、娘時代を懐かしむように見入ってきたのでした・・・

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それにこちらには、懐かしい映画の予告編を観賞できるミニシアターもあり、
1番上の姉など、懐かしげに見入ってしまい、
なかなか席を立とうとせず、仕方なく呼びに行ったほどでした。

そうやってひととき、思いの外ゆったりした時間をおくり、
帰り際にわたしの目に止まったのが・・・
てっぱんMAP(ポチしていただければ見られます)なるもので~~[目]
そーいえば、朝の連ドラの「てっぱん」はここ尾道が舞台だったんだ!とようやく思い出し[ひらめき]
ならば、行かねばなるまい!と、
チョイと窓口のお姉さんにお尋ねして、シーフードが美味しいとの答えを得、
そこから1番近い萩乃家さんへと向かったのでした~~[るんるん]


この地で60年営業していると女主はおっしゃってましたが、
驚いたことに、鉄板には火をつけず油もひかないんですよね。
で、その上に水溶きした粉生地を薄くのばしカツオの粉をのせ、
大量のキャベツをのっけた時点でようやく火が入ります。

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そしてとろろをのっけて、コレまた大量のもやしがのり、、、

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ようやく我々が注文したお店のお奨めシーフードミックスの登場です~[ぴかぴか(新しい)]
ちなみに奥が貝柱とはまぐりで、手前は広島名物の牡蠣ですね。

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でね、またまた驚いたのが半玉のそばを焼かずに生のままのっけ~~[目]
その上には刺身でも美味しそうなイカとタコがつづき・・・

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ココでまた意外な![がく~(落胆した顔)]
わたしのツマミの定番である揚げイカの登場となりビックリ!

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その後は天かすを少なめにのっけ、生地をかけ、
こんなに厚みがあるのをどうやって?と皆で心配しておりましたら、
サスガ手慣れたテコさばきでモノの見事に反されて~~[手(チョキ)]

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この状態でしばし放置され・・・
その間、しきりに老母が「押し付けたいね~」と言うとりましたが[わーい(嬉しい顔)]
それを耳にした女主からは「さわらないでくださいよ!」とのお達しがあり、、、

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焼きだして20分ほど経った頃に、ようやくギュウギュウぺタッと形づけが始まり、
薄く焼いた玉子の上に、コレまた上手くのっけ、、、

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それを反して、ほらこの通り~~[揺れるハート]

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カツオの粉と青のりをのっけ、さあ~どうぞ~~と各自の前に出されたのでした。

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とにかく入ってるものが刺身でもOKなのだから、美味しいのに間違いなく、
また油は使わず揚げイカと天かすのみの油だけなので、
サッパリした口当たりで、お腹にも優しいように思いました。

それにしても、所変わればナンとやらで、
その土地によっていろんなお好み焼きがあるんですね~[ひらめき]
お隣の席で、我々と同じように舌鼓を打っていた2人の女性客も話されてましたが、
広島焼きの中でも、こちらの尾道焼きもあれば、
府中市での府中焼きとやらもあるそうで・・・
確かに、神戸や明石、姫路でも違いがあるのだからと、
お好み焼きといえども奥が深いのね~と、美味しくいただきながらひと時、
お好み焼き談議に花を咲かせたのでありました・・・

あ~ただね、このお好み焼き、お代は1575円だったんですよね。
確かに具も多く、と~っても美味しかったのですが、
奈良での手の込んだ豆腐料理と比べ・・・
どうにもチトお高めだったように思えて仕方ない今日この頃なんだけど~[あせあせ(飛び散る汗)]

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瀬戸内へ~鞆の浦編 [広島]

年末には奈良でお豆腐料理を満喫したcollet姉妹ですが、
年が明け、今度は我が家恒例の温泉[いい気分(温泉)]旅行に瀬戸内へと出掛けました。
行先は、埋め立て架橋問題で何かと騒がしく・・・
また、宮崎駿監督が「崖の上のポニョ」の舞台の下敷きとしたことでも有名な
広島県福山市にある鞆の浦(とものうら)です。

じつは、こちらに美味しいお食事がいただけるお気に入りの宿があり、
以前より何度か、家族で出掛けていたのです。
それで今回、久々にお邪魔したのですが、お料理が益々美味しくなっててビックリ~[ぴかぴか(新しい)]
ただ、カメラのバッテリー切れもあり、近々再訪の予定もありますので、
宿の紹介はその折にということで・・・

というわけで~何度も訪れているだけに、
今更観光することもないな~との思いだったのですが、
じつは、こちらは坂本龍馬率いる海援隊が乗船する「いろは丸」が
紀州藩の船と衝突し、沈没した地でもあり・・・
昨今の龍馬ブームの影響か?数年前にはなかった龍馬関連の展示館なども増え、
龍馬には何ら興味ないわたしですが、早い到着だったこともあり、
ちょっと街中を散策することにしたのです・・・

それで先ず向かったのは、真言宗のお寺である福禅寺にある対潮楼(たいちょうろう)です。
あっ、でもその前に・・・
その福禅寺の石垣の下に、万葉の歌人である大伴旅人が詠んだむろの木歌碑があります。

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わぎもこが見し 鞆の浦のむろの木は とこよにあれど 見し人ぞなき

いやぁ~恥ずかしながら[ふらふら]これだけを見てもナンのこっちゃ?なわたしですが~[あせあせ(飛び散る汗)]
その傍にあった解説によると・・・
当時、鞆の浦は遣唐使も立ち寄るほどの瀬戸内海交通の重要な港だったんですね。
それで、730(天平2)年に大伴旅人が太宰府での任期を終え、都へ帰る途中、
行きはここ鞆の浦で、妻の大伴郎女も一緒に神木のむろの木に海路の安全を祈ったのに、
その妻は太宰府で亡くなってしまい、それを嘆き詠んだそうで・・・
うぅ~ん、何とも切ない最愛の妻を偲んだ歌なんですね~~[もうやだ~(悲しい顔)]

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そんな夫婦愛を詠った歌碑の上にある、こちら対潮楼は、
1690年頃創られた客殿で、朝鮮通信使が毎回宿泊していたそうです。
それで、ここからの景色が日本で1番素晴らしいとして、
「日東第一形勝」と賛辞を書き遺しているんですね。
わたしも紅い毛氈が敷かれた場に座り、眺めた景色が下の写真ですが、
確かに額縁に縁取られた1枚の絵画のようでした~[手(チョキ)]

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そして、この対潮楼は龍馬とも関連がありまして・・・
例のいろは丸事件のときに、龍馬と紀州藩の重役との交渉の場として使われたそうです。
確か、この事件は龍馬の全面勝利だったと思いますが、
紀州藩も相手が悪かったですね~[あせあせ(飛び散る汗)]あの龍馬じゃね~[ふらふら]
なお、この時沈没したいろは丸は海底20mで発見され、
今は水中遺跡に指定されてるそうですよ。

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こちらは平成いろは丸が仙酔島へ向け出港した所で、
向かいに見えますのは海上の守護神、弁財天を祀る弁天島です。

それと、ここ対潮桜にはこんな珍しい物もあり、
ガラスが反射して見難く申し訳ないですが、こちらの写真です。

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毎週、TV東京の「開運!なんでも鑑定団」をご覧の方なら、
添え書きを読んでお解りでしょうね。
これに写る幕末維新の志士達の顔ぶれもスゴイことながら・・・
この写真を写したカメラマンが上野彦馬だということに注目で~~[ひらめき]
わたしは先日の放送を見るまで何も知りませんでしたが、
あのよく目にする、立ち姿の坂本龍馬の写真を撮ったのも上野彦馬その人で、
明治天皇をはじめ、沢山の著名人を顧客に持つ明治時代の一流カメラマンだそうですね。
そういうわけで、先日の放送でも彼の写した写真はエラク高値がついてたもので、
景色共々、この写真にも見入った次第です~[目]

その後、お正月ということで、
鞆町特産品の薬用酒である「保命酒」で財を成した太田家住宅もお休みで見学できず、
軒先に吊るされた杉玉を眺めるだけとなりましたが、
江戸時代には北前船で栄えたという町並みをしばし散策することにしたのです。

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こうやって歩いてみると、同じ江戸時代からの町並みでも、
やはり港町、先日の奈良町の景色とは違うなァ~なんて思いばがら・・・
最後に、港の常夜灯としては日本一の高さを誇り、
ここ鞆のシンボルでもある灯籠燈で宿へと折り返したのでした。

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あ~それにしても・・・
我が家の車もこちらの道幅の狭さに泣かされたことがありますが、[あせあせ(飛び散る汗)]
このままじゃ~確かに!
ここに暮らす人達にとってこの狭い道は、切実な日常問題ですよね・・・

と、ここで鞆の浦編は終わり、次の尾道編へとページをめくっていただけますか?

あしあと(13)  コメント(12) 
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