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初めての韓国~最終章 [韓国]

そうやって、沢山の方にお世話になりながら、
世界遺産の河回村観光を無事に終え、ソウルに戻ったあくる日には、
もう一つ、わたしが楽しみにしていた所を訪れました。

今回、初めて韓国を訪れるにあたり、
何が観たいか?何か興味が湧きそうなものはあるか?と、
わたしなりにいろんな情報サイトを調べたのですが、
その中で、コレは面白そう~~[るんるん]と、
イッペンに興味が湧いたのがコレだったのです・・・

大韓民国国家の中枢機関といえば、
TVのニュースや昨年の韓国ドラマの「アイリス」でも目にした青瓦台ですが、
その大統領官邸である青瓦台を無料見学できるツアーがあったのです。
それですぐにmakiちゃんに連絡して、観覧の申し込みを頼んだのでした。
何でも、韓国語か英語のメールのみの申し込みで、
観覧希望日の10日前までにしとかなきゃダメなんですね。
ましてや、氏名・生年月日は勿論のこと!
外国人の場合は国籍やパスポート番号も必要なのです。

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そうやって、朝10時からのツアーに出掛けることとなり、
9時過ぎにはホテルを出て、地下鉄3号線景福宮駅の5番出口から地上に出、
興礼門と光化門の間を通り抜け、角を曲った所にある受付場所へ行くと、
すでにバスは待機していたのでした。

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そして時間が来て、9人ほどいましたが・・・
みんな同じ様な櫛目の通ったヘアスタイルに黒っぽいスーツやコート姿の警護員です。
それでわたし達は一人づつ、
パスポートを見せ確認が済んでからバスに乗り込んだのでした。

やぁ~こんな彼らを見た時から、映画やドラマの中で見る
大統領直属の情報機関である国家情報院を思い出しワクワクし始めたわたし~[揺れるハート]
関係ないけど「エアシティ」のジョンジェもカッコよかったし~~[手(チョキ)]

それで数分後には到着し、しばらく待たされた後にバスを降り、あとは徒歩となりました。
でね先ず、入口に入り記念品をいただいたのですが、
それが結構重く、帰り際に下さったらいいのに~なんて言ってたのですが・・・
ちなみに中味は、こんな青瓦台のイラスト入りマグカップでした。

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その後、建物の中に入ると飛行機の搭乗と同じように、
荷物はベルトコンベアーに乗せ、金属探知機のゲートをくぐります。
そしてくぐってからもまだ、金属探知機を体に当てられ、
バッグの中を調べ、カメラの起動確認もされました。
そしてその場でパスポートと交換で日本語の音声ガイドを借り受け、
スクリーンのある部屋に案内され、にこやかな笑顔の大統領夫妻のお話があったのですが、
何をおっしゃっていたのかはよく理解できませんでした。
ただ、多分に自国のPRをなさってるようにはお見受けしましたが・・・

で、それが済みようやく見学が始まり、
最初にマイクを持ったお姉さんの解説があったのは緑地苑(ノッチウォン)といわれる、
青瓦台の中でも1番美しい景色が見られるという庭園でした。
1968年に造成されたそうですが、120種類の木々に囲まれ、
右の松は樹齢160年だそうな・・・

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それからここで初めて写真撮影が許されたのですが、
松の間に微かに見える伝統韓屋は常春斎(サンチュンジェ)といって、
外国からの貴賓の接見や非公式の会議が行われる場所だそうです。

そして、放し飼いの鹿の親子に遭遇しながら、次に解説があったのは旧本館跡です。
そこは日帝時代に、日本が以前あった李朝時代の建物を大部分壊し、
朝鮮総督府の官邸を作ったそうですが、日本の敗戦後は米軍の軍政長官官邸として使われ、
その後はイ・スンマン初代大統領が使用したそうです。
でも、ノ・テウ大統領時代の1991年に今の本館が新築されたのに伴い、
こちらは1993年に撤去され、今は記念碑だけが残されていました。
それにしても、日本軍も無残な事をしましたね・・・
ここで解説を聞きながら、ナンとも後ろめたい思いに駆られたわたしです・・・

そしてお次はようやく、映像でしか見たことがなかった青い瓦の本館です。
背後に北岳山(プガッサン)を従え、
青瓦台の名前の由来でもある15万枚を超える青い瓦が光り輝き、
正しく威風堂々[ぴかぴか(新しい)]といった趣きでした。

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ちなみに、こちらは2階建で、1階は大統領夫人の執務室などがあり、
2階をイ・ミョンバク大統領がお使いだそうです。

そして最後に、1978年に完成したという迎賓館へと案内されましたが、
勿論、中に入ることはできず・・・

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日本語ガイドによると、この建物は18本の石柱に支えられており、
入口へと続く道は君主が通る道という意味の御道(オド)というそうです。
また、その御道の両脇は文官と武官に別れて通るのだとか・・・

これで見学ツアーは終わり、何だか物足りなさを感じながらも、
音声ガイドをお返しし、パスポートを受け取り外に出たのですが、
門前の噴水まで来てみてビックリ!
あれほど我々の周りに付かず離れずといた警護員の姿がパッといなくなり、
ようやくツアーが終わったのだと実感したのでした~[ふらふら]

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・・・というのも、わたしが調べた時には、
この後に七宮への見学もあるようになってたのですが、それがなくとても残念でした。
きっと、何らかの事情でシステムが変わったのでしょうね・・・
なお、青瓦台見学ツアーについて、詳しくお知りになりたい方はこちらへどうぞ!

それからその後、その青瓦台の前にあり、昨年1月にリニューアルオープンしたという、
青瓦台サランチェという青瓦台の応接室とでも言いましょうか?広報館へと向かいました。

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明るい雰囲気の真新しい内部は、1階では大韓民国やソウルの文化や観光の紹介があり、
この日は伝統工芸である、刺繍や組み紐などの実演がありました。

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いやぁ~見事な刺繍の韓服をまとった女性作家達で、
しばし手元に見入っていたわたしです・・・
それから、ちょうどお昼時ということでお腹が空き、
我々は2階へは行きませんでしたが、頂いて来た日本語の案内書によると、
そちらには歴代大統領や政治関連の展示があるようですね。

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こうやって、わたしの初めての韓国は、
この他にも、南山のソウルタワー韓屋村など、
まだまだいろんな所へmakiちゃんに案内されたのですが、
それらの紹介はmakiちゃんにお任せして、わたしはこれで終えたいと思います。

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なお、今回の旅でわたしがお気に入りとなった物ですが・・・
先ずは三清洞にある三清洞スジェビでいただいた、
すいとん(スジェビ)と、じゃが芋のチヂミです。

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辛いのが苦手で薄味嗜好の関西人のわたしでも、
こちらの海鮮出しが効いたあっさり味のスープは本当に美味しかったです。
それに、初めていただいたすりおろしたじゃが芋を薄く焼いたチヂミも、
モチっとした食感でドンドン酒と共に、最後まで美味しくいただきました~[ぴかぴか(新しい)]

そして美味しかったといえばこちらも!
ライ麦入りのカステラに甘さ控えめの餡とくるみが入っている、
仁寺洞にあるホミルホドゥのライ麦入りクルミまんじゅう

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家へのお土産にと思い買ったのですが、これが意外なほどに大好評で~~!
3~4日ならそれほど味も落ちずにいただけましたし、
これはリピーターになりそうです~[手(チョキ)]

それから最後に、前回の河回村でご紹介するのを忘れていましたが、
河回村では3月から12月の週末に、
庶民の芸能である仮面劇(タルチュム)の公演が催されます。

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映画「王の男」にも登場し、わたしも大いに興味があり観たかったのですが、
1月と2月はお休みとのことで叶わず、とても残念でした。
専用の野外劇場での公演のようで、
今度また行く機会があれば、ぜひとも観たいと思ってます~~[揺れるハート]

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世界遺産~河回村その2 [韓国]

さて、翌朝は安東式ビビンバが昨夜のレストランから素敵なお膳で運ばれ、
早起きして早朝散歩をしたこともあり、とても美味しくいただきました。

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そしてその後、観光案内所へ出向き、昨日声を掛けてくださった
日本人ガイドのカズコさんに無料だというガイドをお願いしたのですが、
その前に、ちょっと世界文化遺産河回村(ファフェマウル)という名前について・・・

韓国語では村をマウルと言うそうです。
それで、河回村とは韓国南部一の大河である洛東江(ナットンガン)が、
村をS字を描くように囲みながら流れることから名付けられたそうです。
それが解りやすいように、頂いたガイドブックから地図をお借りしました。

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こんな感じで、本当に珍しい形だと思うのですが、
朝鮮時代にはすでに、風水地理学的にも人が住むのに最適な場所として有名だったそうです。
そして今では、韓流スターのリュ・シオンと同じ柳(リュ)姓の同姓村であり、
そんな両班(ヤンバン)と庶民が600年あまり代々古い家屋を守り暮らし続けているのです・・・

というわけで、カズコさんのガイドで先ずは蓮池のそばを通り、
村の北側にあたる北村を見て回ることになりました。
ちなみに南村は、残念なことに火災で建物の大半が焼失してしまったそうです。
それにしても、さすが高名な儒学者が誕生した土地柄ですね。
各家それぞれに、家人の思いや教えが込められており、それを聞くのがとても面白かったです。

たとえば、本棟は瓦屋根なのに、正門はわざと藁ぶき屋根にしている河東古宅
こちらは地方官を歴任したほどの両班家ですが、
世間の全てのことは隆盛の後には必ず衰退があるから、
決して欲を出さず常に努力する人間になれ
との教えを伝えるためのものとか・・・

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また、名門といわれる北村宅門間棟に作られた便所の扉を道側に付け、
通りすがりの人でも使えるようにした
とか・・・

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こちらではオンドルの仕組みを図解した絵があり興味深く見せていただきました。
それと、下の写真にあります瓦屋根の小さな塀は、
アンパンといわれる女性達の部屋の目隠しとしてどちらのお家にも設えてありました。

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樹齢600年を越える樫の木で村の中央にあるご神木の三神堂では、
元々は、子作りと子育ての神様のようですが、わたしは世界平和と健康を願い縄に結んだのですが・・・

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そしてこちらの養真堂は、河回村でも最も古い朝鮮時代初期に建てられた柳氏の大宗家で、
当時の生活規範に従い、男性と女性が顔を合わせないようにと壁を立てています。

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そうそう、上の写真の左部分は女性の部屋で、
何でも数日前に90歳を過ぎたお婆様が亡くなられたとかで、
軒と柱に縄が巻かれていたのですが、お解りでしょうか?

そしてこちらは、前日に見学した屏山書院の創設者である、柳成龍の住居の忠考堂です。
この居間に掲げられた「忠考堂」とは柳成龍の遺言の
我々がなすことができるのは忠義と孝行しかないだろうとの言葉によるものとか・・・

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また、ここの敷地には永慕閣という柳成龍の遺物展示館もあり、
わたしはとても興味深く見せていただきました。
中でも、以前から何で作られているのかずっと気になっていた、
両班の被る(カッ)という被り物が馬の尻尾で作られると知り、何ともスッキリしたのでした~[手(チョキ)]
それと琥珀や水晶でしょうか?笠の飾り物も展示されており、
時間があれば、もっとジックリと見たかったです。
なお、この「永慕閣」との字は暗殺された朴正凞元大統領の直筆だそうですが、
元は軍人であった朴大統領の達筆ぶりにも驚きました。

そして古宅訪問の最後は、1999年のエリザベス女王訪韓の際、
こちらの庭で歓迎レセプションが開かれたという、かのリュ・シオンの実家です。

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残念ながら今では以前のように扉は開けられてないそうで、戸の隙間から覗いたところ、
綺麗な芝生の立派なお庭のお家のようでした。
それと、大きな写真の右隅の塀に郵便ポストのような物がありますが、
あすこには、食べ物に困った貧しい人が自由に取り出せるよう穀物を入れた箱があるそうです。
ただ、一度にたくさん取り出さないように下の写真のように、口はわざと小さくなってますが・・・
それと余談ですが、見学者の中にはイケない人が多いんですね~[パンチ]
リュ・シオンの表札を持って帰っちゃう人が多く、いつも彼のだけは新しいんだそうですよ。

さてその後、この桜並木は同じ藁ぶき屋根の郷ということで、
河回村と交流のある白川郷からの贈り物だと教えられながら・・・

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最後に真向かいに見える芙蓉台(プヨンデ)からこの河回村を臨もうと、
カズコさんが渡し船の船頭さんに連絡してくれたのですが、あいにく船の故障とかで叶わず、
ならば遠回りになりますが車で行こうと相談の結果、
カズコさん自らが、我らの宿の管理人であるウッディーさんに頼んでくれたのです。
そして、ウッディーさんも快く引き受けてくれて~!有難いですね~~[揺れるハート]
お陰さまで数分間、遊歩道を息を切らせて登った末・・・
こんな素敵な景色を見ることができたのです~~[ぴかぴか(新しい)]

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残念ながら、写真では見辛いですが、
家の向きが一定ではなく、みんな川に向かって立てられているのもよく判り、
まるでかわいい箱庭のようでした。
いやぁ~ウッディーさん、カズコさんどうもありがとう~~[揺れるハート]

2月末の河回村・・・
確かに桜も何も花は咲いておらず、寂しくはありましたが、
昔ながらの草の色と土の色に素朴さと温もりを感じたわたしでした・・・

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と、ココで終ろうとしたのですが・・・来る時があのような珍道中!
このままスッキリと終わるわけがない~~[ふらふら]
というわけで、話はつづき・・・

ウッディーさんにお礼を言い、さようなら~と握手を交わし、
案内所でももう一度、ランチ中のカズコさんにお礼と挨拶を済ませ、
いざバス停まで行き、11時50分発のバスの後方座席に2人して並んで座れたのはいいけれど、
ハタと同時に気付いたのです~~[ひらめき]
「あれ?わたし達はいったい何処で降りたらいいの??」
ということで、急遽makiちゃんが案内所に電話したところ、
2件目にようやく繋がったカズコさんも
「あの人達、降りる所は解ってるのかしら?」と思ってたそうで~~[わーい(嬉しい顔)]
それでmakiちゃんが携帯片手に運転席まですっ飛んで行き、
カズコさんに「高速バスターミナルで降ろしてあげて下さいね」と運転手さんに頼んでもらったのでした。
そしてようやく、わたし達は安心してバスに揺られることとなったのですが・・・

電話を切ると同時にバスは動き出し、
その心地よい揺れとまるで春かと思えるようなポカポカ陽気で、
酔い止め薬を飲んでるmakiちゃんは勿論のこと!
行きと同じく消毒液を噴射された所までは覚えているわたしも
ついウトウトしてしまい・・・[眠い(睡眠)]

何やら人の声がすると目覚めたわたしはビックリ!!
バスは停まり、扉は開け放ったままで、
運転手さんが同じフレーズを繰り返し言ってるではないですか~~[がく~(落胆した顔)]
きっと「ソコのイルボン アジュンマたち、はよ降りなはれよ~着きましたで~~」
とかナンとかおっしゃってたんでしょうね。
それでサッと目が覚め、隣でスヤスヤお寝み中のmakiちゃんを揺り起こし、
満席の乗客の衆目をヒシヒシと感じながら
「カムサ ハムニダ~~[揺れるハート]」と大慌てで飛び降りたのでした~[あせあせ(飛び散る汗)]

で、降り立ったわたしの目の前にあったのがコレなのですが・・・

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ココは一体何処なんでしょうね?
周りを見渡しバスターミナルを彼方に捉えた以上、
きっとこのバス停の反対側には河回村行きのバス停があると思うんだけど!?
最終章のソウル編へとつづく・・・

あしあと(14)  コメント(17) 

初めての韓国~河回村編その1 [韓国]

安東から河回村行きのバスは1日8便しかありません。
そして、その内の2便だけは河回村から奥に10分ほどの所にある、
屏山書院(ビョンサンソウォン)まで行ってくれるんですね。
それでわたしは、そのどちらかのバスに乗れたらいいな~と思っていましたら、
偶然にも、安東ポリスが乗せてくれたバスは河回村を越して進むではないですか!
それで、その一つだと解り、何てグッドタイミングなんだと心の中で喜んでいたのです~[揺れるハート]

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山の中にひっそりと佇むここ屏山書院の書院(ソウォン)とは、
朝鮮時代の両班(ヤンバン、貴族階級)の子弟が、
主に儒学を学ぶ私設の教育機関だったといいますから、今なら私大でしょうね。
そんな子弟が科挙(官吏の採用試験)に合格するために学んでいた場所で、
こちらは今で言う総理大臣まで務めた河回村出身の柳成龍が開いたそうです。

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ちなみに安東には、ここの他にも沢山の書院があったそうで、
中でも朝鮮時代を代表する儒学者で1,000ウォン札にもなっている
李滉が開いた陶山書院(トサンソウォン)が有名です。
ただ、そちらは河回村とは反対方向になるため、今回は行きませんでしたが・・・

そうやって、乗って来たバスが折り返すまでの20分ほどを利用して見学したのですが、
ちょうど関大に留学していたという、
流暢な日本語を話す安東市文化観光解説士の黄さんがいらして、
少しの時間だけでしたが、お話を聞くことができました。

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でね、その黄さんがおっしゃってましたが、
河回村までは沢山の見学者があるのに、中々ここまでは来てくれないのが残念だと・・・
とにかく、周りの自然も美しく、朝鮮時代5代書院の一つでもあり、
韓国最高の書院建築だそうなので、
1日2便のバスのどちらかに乗車し、見学なさればいいですね。
なお、文化観光解説士の予約など、
観光のための手助けとなるサイトがこちらにありますので、良ければご覧下さいね。

このように、短い時間でしたが見学を終え、4時発の乗って来たバスにまた乗り込み、
先ほどは通り過ぎた目的地である河回村(ハフェマウル)に到着したのでした。
そして到着後、先ずは観光案内所で地図を貰おうと立ち寄り、
日本語の地図をいただき今宵の宿へと歩いていましたら、
「日本の方ですか?」と、後ろから女性が追いかけて来てくださったのです。
聞けば徳島から14年前に安東にお嫁に来て、
ここ河回村で2ヶ月前から日本人向けのガイドをなさってるそうです。
それで朝の9時半から5時までいらっしゃると聞き、翌朝のガイドをお願いしたのでした・・・

ところで今回、旅の目的地に河回村を選んだのにはもう一つ重要な理由がありました。
それは以前から2人で、昔ながらの韓屋のゲストハウスに泊まりたいねと話していて、
ソウルの北村にある楽古斉(ラクコジェ)がここ河回村にもあると知ったからでした。
とにかく、makiちゃんからその情報を得、即決した時からとても楽しみにしていたのです~[るんるん]

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温和な笑顔が素敵な男性管理人ウッディーさんとこちらの主でしょうか?
大人しい猫ちゃんに迎えられ、今宵のお部屋へと案内されました。

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4部屋あるうち、今宵のわたし達の部屋となったのは、
入口の右側にあるビョルチェバンと呼ばれる1人~2人用のお部屋でした。
オンドルの床も暖かく、HPで見知っていたトイレと檜作りのジェットバスもゆったりと配され、
何とも快適そうな空間に2人して喜んだのでした。

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ちなみに、この上段の白い引き戸を開けると3D仕様のTVが・・・

ただ、朝食は付いているのですが、夕食は近くのレストランまで行かねばならず、
ランチ抜きだったわたし達は、荷物を置きすぐに早めの夕食へと、
ウッディーさんの車で食堂が並ぶ河回市場の向かいにあるレストランへと案内されたのでした。
何でも世界遺産となってから、村内での営業は禁止されたそうで、
食堂はみな村外となる市場に移転したそうですよ。
まあ、内緒で営業してる所もあるようですが!?
でもね~いくら世界遺産だと言っても、
衣食住は人間にとって必要不可欠なものなのに~と、
未だに腑に落ちないわたしなんだけど・・・

そんなこんなで、お昼を食べる時間もないほどに忙しかったこの日の夕食は、
長めに切られたニラがとても甘くて美味しかったチヂミと、
多分、こちらのオリジナルでしょうね、ドンドン酒とで
「無事に来れて良かったね~お疲れ様~~[るんるん]」と乾杯し始まったのでした~[手(チョキ)]

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その後、メインの塩サバ定食が出され舌鼓を打ったのですが、
このこんがりと焼いた塩サバが何とも芳ばしくて美味しいこと!!

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安東の名物料理といえば、鶏1羽を使って野菜などと醤油で煮たチムタクが有名ですが、
何でもとても辛いそうで、わたしには無理と、こちらの塩サバにしました。
でも、この塩サバも安東の珍味として有名で、
何故、内陸である安東のサバが有名かというと・・・
浦項や江口の港から水揚げされたサバを2日かけて運び、
腐る一歩手前で塩を振りかけ味付けするからだそうです。
でね、これを知り、日本の鯖街道を思い出しましたが、
若狭湾で獲れたサバに塩をまぶしてから京まで運んだのとは、
塩を振るタイミングが違いますが、
いったい、どちらがより一層美味しいのでしょうね?

そんな事を考えながら美味しくいただいた夕食を済ませ、
宿に戻ると黄土チムジルバンの用意がされており、
2人して早速Tシャツと半パンをお借りして横になったのでした。

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わたしは初めての体験でしたが、日本でも人気の岩盤浴に似てますね。
サウナほどには熱くならず、時間をかけてゆっくりと温まるもので、
ヨモギの匂いを微かに感じながら、ジットリ汗ばむのを待ちました。
そしてその後は部屋に戻り、檜のバスにゆったりとつかり、
怒涛の1日を思い出しながら、極楽なひと時を過ごしたのでした~~[揺れるハート]

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あ~~それにしても・・・
チムジルバンから出て見上げた星空が何とも綺麗だったな~~[ぴかぴか(新しい)]
河回村編その2につづく

楽古斉(河回)のHPはこちら

あしあと(14)  コメント(18) 

初めての韓国~安東編 [韓国]

12年ほど前に初めて韓国映画の「シュリ」を観てから、
改めて映画の面白さを思い出し、
その後は、数え切れないほどの韓国映画を観てきました。
でも、元々が辛いものやお肉が苦手なもので、そんな食べ物も含め、
映画ほどに韓国旅行にはあまり興味が湧かなかったのです。
それが今回、ブログ仲間でもあり韓国大好きのmakiちゃんに、韓国地方都市への旅を誘われ、
それなら面白そう~[るんるん]と興味が湧き、初めての韓国行きとなりました。
それで、何処へ行こうかと相談の結果、
以前より、同じく韓国大好きな友人に聞かされ、興味を持っていた、
安東市にある河回村(ハフェマウル)に行くことにしたのです・・・

ところで、河回村と言っても、日本ではまだご存じない方も多いと思います。
場所は、ソウルからバスで3時間ほどの韓半島の東南部にあたる慶尚北道にあります。
昨年の7月31日に、同じ慶尚北道の慶州市にある良洞村と共に、
ユネスコ世界文化遺産となったのですが、
韓流ファンの方には、リュ・シオンの実家のある所だと言えば解りやすいでしょうか?

そういうわけで、関西空港からたったの1時間20分のフライトで金浦空港に降り立ち、
羽田から一足早く到着していたmakiちゃんと合流し、
その日はソウルで一泊して翌朝、地下鉄2号線江辺駅にある
東ソウル総合バスターミナルから10時発の安東行き高速バスに乗ったのでした。

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2人がけと1人がけという横3列並びのゆったりとした座席のバスで、
途中、10分ほどの休憩を挟みながら快調に走り[バス][ダッシュ(走り出すさま)]
目的地の安東バスターミナルに着いたのは、ちょうど3時間後の午後1時頃でした。
そして、市内のレストランでランチを済ませてから、
今度は河回村行きの市内バスに乗り換える予定だったのですが、そこへきて・・・

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あれ?綺麗なターミナルの外観や周りの景色がどう見ても、
事前に情報サイトでプリントしてきた写真とは違うように思え・・・
2人して「ここは何処?いったい、わたし達は何処に来たの??」となり~[がく~(落胆した顔)]
目の前にあったインフォメーションデスクでお訊ねしたくても、
真新しい真っ白なデスクの上には案内書どころか何もなく、勿論、人もおらず・・・[あせあせ(飛び散る汗)]
パニクル寸前になりながらも、あまりにも真新しいターミナルの中が不自然に感じ、
ようやく以前とは違う場所にターミナルができたのだと気付いたのでした。

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そして、周りには何もなく、ポツンとソレだけがあることから、
ソコが郊外だと判断し、とにかく市内バス乗り場へ行き、
1番手前のバスでドアを開け乗客待ちをしていた運転手さんに、
「河回村行きのバス乗り場は何処ですか?」
と韓国語をお勉強中のmakiちゃんがお訊ねしたのです。
で、運転手さんは何やら片手をまわしながら「??????」とおっしゃり・・・
「??????」のmakiちゃん、ここで急遽、とにかく市内へ行こうと質問を変え[ひらめき]
「市内行きのバス乗り場は何処ですか?」と問うと、
「このバスに乗りなさい」と手招きして教えてくれたのでした。
そしてどうにかそのバスに乗り、20分ほど走ったでしょうか?
運転席からバックミラー超しにアイコンタクトで降りる場所を教えてくださり、
「カムサ ハムニダ~~[揺れるハート]」と言って降り立ったものの、
「ここは何処?」は相変わらずで・・・[ふらふら]
ただ、バスの窓越しに警察署を見付けていたもので、
道を渡り、そちらへと向かったのでした。

そして警察署の前に立っていたお巡りさんにmakiちゃんがお訊ねすると、
語学音痴のわたしには「??????」の会話が数分交わされ、
何が何やら解らぬうちに、パトカーに乗っていたのでした~[手(チョキ)]

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どうやら、わたしにはチンプンカンプンの間に、
河回村行きのバスが停車するバス停まで送って下さることになったようですね。
それで、数人のハルモ二達がお喋りしながらバスの到着を待っているバス停で、
「46番のバスに乗るんですよ!」と何度も念を押しながら降ろしてくれ、
わたし達は「カムサ ハムニダ~~[揺れるハート]」と降り立ったのですがここへきて、
ふと両替を思い出したmakiちゃん・・・
走り去ろうとするパトカーに走りより、近くに銀行はないかと訊ねたのでした。
すると優しいお巡りさん[ぴかぴか(新しい)]もう一度乗れとのことで、
今度は銀行まで走って下さり、その前でパトカーを停め、
「遅いわね~」と身ぶり手ぶりのわたしと待つこと数分・・・
無事に両替を済ませたmakiちゃんが乗り込み、もう一度バス停まで送って下さったのでした。

いやはや、ソウルの街中では考えられないでしょうが、
こんなに良くしていただき、言葉にならないほどの感謝感激で、
イッペンに安東が好きになったわたし達でした~~[揺れるハート]

[ぴかぴか(新しい)]うぅ~ん、安東ポリスはCOOLだ~~!![ぴかぴか(新しい)]

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こぼれ落ちんばかりに一杯に乗せたかご売りの車に思わず驚きの声を挙げると、
優しい安東ポリスは写真撮影のためスピードダウンして下さった~[るんるん]

そんな優しく親切なお巡りさんのお陰で、満員のバスに乗り、
美味しい韓牛で有名な安東のこと、途中、口蹄疫のため車外に消毒液を噴射されながら
無事に河回村に到着することができたのですが、
このつづきはお次の河回村編で・・・

あしあと(15)  コメント(26) 

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