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長い旅の終わりは・・・ [モロッコ]

さて、わたしの3年前のモロッコ旅行の思い出も終りに近付きました。
最終地点は、この旅の振り出しに戻りカサブランカなのですが、
その前に、モロッコ王国の首都であり、
現国王のモハメッド6世がお住まいの王宮もあるラバトに立ち寄りました。

そして、ここラバトでの観光は・・・
フランスからの独立を果たした、きっと、モロッコでは英雄でしょうね。
現国王の祖父にあたるモハメッド5世の眠る霊廟です。
こちらでは内部の見学もでき、
国内外よりたくさんの見学者がお見えで驚いたのを覚えています。

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モハメッド6世が亡くなられたのは1961年で、
息子のハッサン2世が1971年に建造させ、
ベトナム人の設計により1973年に完成したそうです。
ちなみに廟の中の写真撮影もOKだったのですが、
お墓を写すのに抵抗があったわたしは一切撮影しませんでした。
でも、コーランが厳かに流れる中、
天井が金色に輝いた内部の豪華さは今でも覚えており、
中央の白い石棺にはモハメッド6世が、そしてその左右には息子達である、
ハッサン2世とその弟のムーレイ・アブドラ王子が眠っておいででした。
また、霊廟の四方の出入り口には1人づつ衛兵が立っており、彼らの写真撮影もOKでした。

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モロッコでも男子は18歳になると徴兵があり約2年の軍隊生活を送るそう・・・

そして、モハメッド5世廟の階段を下りて大西洋を向こうに見ながら、
その手前には作りかけのハッサンの塔と呼ばれるミナレットが見えます。

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これは1195年ムワッヒド朝時代
ヤクーブ・マンスールがモスクを建造しようとしたのですが、
その4年後に没してしまい、そのままになっているのです。
ですから、このハッサンの塔も88mの予定が44mで止まったままで、
完成したら4万人収容予定だったモスクの360本の柱も何だか所在なげに見えました。

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ハッサンの塔からモハメッド5世廟を見て

そうやって霊廟を見学後、バスに乗ろうと門を出た途端、
ちょっとビックリした出来事が待ち構えておりました・・・

王様の霊廟の外国人観光客の中でも若い女性をターゲットにしてるようでしたが、
お喋りしながら女ばかり7~8人で、バスが待つ駐車場まで歩こうと門を出た途端、
多分まだ10代じゃないかと思ったのですが、きっと待ち構えてたんでしょうね。
わたしの少し前を歩いていた仲間の中でも1番若い彼女を・・・

サッと3~4人の若い女性で取り囲み、
有無をも言わせぬ早業で彼女の手に何やら描いているのです。
まあ、当の本人も一瞬のことで唖然としながらもOKしたようでしたが、
メンディーという、染料のへナを用いたへナ・アートだったんですね。
わたしもTVでは知っていましたが、実物を見るのは初めてで、
後からジックリ見せてもらいましたが、なかなか描き手も慣れたもので、
お値段はもう忘れてしまいましたが、
アラビックデザインの意外な旅のお土産となったようです。

それにしても、常に頭や顔をベールで隠し、
人前にもあまり出たがらないと言われるあちらの女性も時代の移り変わりというのでしょうか?
この観光客相手に強気のショーバイをしていた彼女達は、ベールなど何処へやら・・・
ジーンズにヘソ出しルックと肌も露わに日本のギャルと全く変わらぬ格好で、
ただただ、驚いたのを思い出します・・・

そして、とうとう振り出しのモロッコ最大の都市カサブランカに帰ってきました。
ただ、カサブランカは都会というだけで、歴史的な見所はなく、
街のシンボルとなっている
2000年に崩御した前国王のハッサン2世モスクだけの見学でした。

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ホテルのバルコニーから、ビルの向こうに見えるミナレット

1993年に完成した新しいモスクで、とにかく大きい!!
ちなみに高速エレベーター付きのミナレットの高さは210mで世界一だそうな・・・

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そしてとにかく、壁面の彫刻やモザイクタイルの美しいこと!

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壮観で圧倒されそうなほどの佇まいでしたが、驚きはこれだけではなく・・・
というのも、こちらのモスクは非イスラム教徒以外でも中に入ることができ、
わたしは生まれて初めてモスクの内部を知ることになったのです。

アフリカ最大を誇る内部は土足厳禁でみな靴を脱ぎ、靴の入った袋を片手に案内されるのですが、
先ず、入って目にした主礼拝堂は常時25,000人の礼拝者を収容できるそう!

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とにかく、どこもかしこもピカピカで、
床はガラス張りで、この豪華なシャンデリアはイタリアからの輸入とか・・・

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そしてこちらは地下にあったスチームバス完備のハマム(浴室)

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何でも中央の深さは1,5mもあるそうなので小柄な方は溺れるかも!?
ただ、不思議な事にこのハマムは1度も使われてはおらず、
この時の説明では、このハマムだけモスクからは切り離され、
別会社がどーのこーのと聞いたように思うのですが、
はてさて今はどうなっているのでしょう?

それにしても、こんな壮大で豪華なのを作ったのはいいけど、
それもこれも国民の税金が多分に投入されてるのでしょうから、
このモスク建設に反対した人がいても決しておかしくないですよね・・・

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モスク前の広場からジブラルタル海峡を望んで

ところで、このハッサン2世モスクではもう一つ楽しいことがありました。
開場時間より早く到着してしまい、少しだけ時間潰しをしたのですが、
その時、そばで楽しげにサッカーボールを蹴ってる3人の男の子達と仲良くなったのです。
お互いに片言の英語(わたしは単語)で日本人だと言い、彼らは14~5歳だと言ってましたが、
モロッコ最終日の記念にと「オバサンと一緒に写真を撮ってくれない?」と言ったところ、
何とも快くOKしてくれ、自分たちで立ち位置まで決め
オバサンはここね、とわたしを間にし肩や腕を組んでの撮影となりました。
とてもフレンドリーな男の子達で、モロッコ最終日の楽しい思い出となりました。

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メンがワレないことを信じて!?

そしてこちらはモロッコ名物でもありますね。
マラケシュやフェズでも見かけたヤギの皮の袋に水を入れ売っている水売りオジサン
彼らは、派手な衣装を着て写真撮影のチップで生計を立てているのですが、
この写真はカサブランカでバスに乗り空港へ向かう途中、
偶然停車した時、車窓から休憩中を隠し撮り?したので勿論、ノーギャラ!

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また、こちらはご存じの方は少ないでしょうか?
ドバイ空港にあった我が国が誇るTOTO製のイスラムのおトイレ
イスラム教では、左手が不浄の手とされています。
そしてトイレットペーパーは使わず、用が済んだ後は水で流します。
ですから、場所によってはおトイレの中が水浸し状態の場合も・・・

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以上、3年前のモロッコでの思い出話もおトイレの写真で最後となりましたが、
今、考えても、この旅で1番心に残ったのは、貧富の差の激しさだったように思います。
とにかく、山を越え砂漠地帯に入ってからはそれを強く感じ・・・

観光バスが停車すれば何処からか集まって来る裸足の物乞いする子供たち、
それに泥水としか言いようのない井戸水を飲料水として使っている砂の町、
また都会といわれる所でも、
新築マンションが立ち並ぶ景色から2~3分走っただけで
今にも崩れ落ちそうなバラック屋根が見えたりと・・・
わたしの普段の生活では、決して見ることのない景色を見て、
言い知れぬ矛盾を感じ、考えさせられた旅でした。

そして今になって、ふと思い出したのが、
10数年前に初めて訪れたフィレンツェのドゥオモ近くの広場で目にした光景です。
当時はジプシーの物乞いが多く、問題になっていたようですが、
石畳にひとり佇む物乞いの両の掌に、
何とも自然な仕草でそっとコインをのせ通り過ぎた真っ赤なコートを羽織った老婦人・・・
当時のわたしには思いも寄らない彼女の行為でしたが、
それが欧米人の当たり前なんだとわたしが初めて知った時のことを・・・

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「世界ふれあい街歩き フェズ」を見ながら・・・ [モロッコ]

先日、NHKハイビジョンで放送されました「世界ふれあい街歩き」はご覧になりましたか?
ちょうどフェズが紹介されており、わたしも懐かしく見たのですが、
今回、ブログでと思っていた所も紹介されましたので、それを思い出しながら・・・

フェズのメディナ(旧市街)は野菜、肉、香辛料、皮、服など商品によって分かれ、
それぞれに専門店街としてのスーク(市場)を形成しています。
ですからそこへ行けば、同じ商品を扱う店が軒を連ねているんですね。
わたしなど、あまりの多さにお客の取り合いになるのでは?なんて心配しましたが、
ソコはやはり、お馴染みのお得意さんがいるのでしょうね。

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こちらはナツメヤシやオリーブを売るお店ですが、
壁に飾られた黄金のメダルやお偉方の写真などから察するに、
日本で言うと宮内庁御用達のようなお店でしょうか?

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そして小さいながらも並べられた商品に他にはない高級感を感じました。
光沢のある素材や刺繍など、手の込んだ装飾がなされており、
商売柄か・・・ついついわたしの目を引きました。

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ところで、先日のTV「世界ふれあい街歩き」でも紹介していましたが、
ここフェズが何故、迷路のように細い道の街となったのか?

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それは外敵の侵入を防ぐためで、わざと大勢の人が通り難いようにと考えられたのですね。
ただ、TVでも一般家屋の紹介がありましたが、昔からフェズの美徳とされていた
「豊かさは内に秘めるもので決して外から見えるものではない」
という考えにより、高い塀に囲まれた家の中には広々とした開放感のある噴水を設えた中庭があり、
綺麗なモザイクタイルやステンドグラスの装飾が何とも華麗で豪華でした。

そして、TVではこちらも登場し、フェズ皮革組合の方が紹介していましたが、
染色職人街のダッバーギーン・スークの中にあるナメシ工房タンネリ・シュワラです。
ここはわたしも訪れ、驚きながらも苦しんだ思い出があるのですが・・・

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暗くて細く急な階段をぐるぐると上がって行くと、先ずミントの葉っぱを手渡されました。
いったい何に使うんだろうと不思議に思っていましたら、
その内、何とも形容しがたい臭いがしてきて、そこでハタと気付きました。
そのミントは革をナメす作業時に発生する独特の臭いのための臭い消しとして用意されていたのです。
それでわたし達は、そのミントの葉っぱを鼻元におきつつ見学したのですが・・・

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1932年の創業当時から全く変わらない方法で、ナメした革は天然の染料で染められ、
その行程はみな職人たちの手作業によって行われています。
ちなみにTVでは、赤はひなげしの花で青はインディゴ、
また黄色はサフランや無花果の皮と紹介されていましたね。
そんな様子を何階になるのかは忘れてしまいましたが、
すでに流行遅れと思えるような沢山の商品が並べられたショップも兼ねた場所から、
眼下に見降ろすように彼らの仕事ぶりを眺めたのでした。

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あ~それにしても、正直言って、ミントの葉っぱなんてナンの役にも立たず・・・
とにかく、早くその場から退散することだけを願っていたのを思い出します。

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工房の向こう側の景色

そしてこちらもTVに登場しましたが、
200年以上も続いているという機織り工房です。

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この機織り機も当時のままだそうで、
わたしが訪れた時は相当高齢のお爺ちゃんが織っていましたが、
あのお爺ちゃんは今でもお元気かしら?

その後は「もう嫌だ~[むかっ(怒り)]食べたくない~~[もうやだ~(悲しい顔)]」と泣き出したいほどだったタジンのランチを済ませ、
日本と変わらぬ野菜が並べられたスークを通り・・・

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ようやくメディナを後にしたのですが、
門の外の広場ではどうやら蚤の市でも開かれていたのでしょうか?

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何とも怪しい品揃えで古着のような物から誰かが履いていたであろう靴まで、
多種多様な商品が綺麗な青空の下に並べられ、
わたしの目には摩訶不思議な光景に思えたのでした・・・

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そしてわたし達の乗るバスはフェズを後にし、
モロッコの首都ラバトに向かう・・・

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迷宮の都フェズ [モロッコ]

さて、モロッコといえば、映画にもなったカサブランカが有名ですが、
マラケシュと同じく、メディナ(旧市街)が世界遺産であるフェズも有名です。
とにかく、フェズのメディナは世界で一番大きな迷路といわれ、
この旅では、そのメディナ観光もとても楽しみにしていたのです・・・

前夜、埃っぽい砂漠地帯から、ようやくそのフェズに辿り着いたわたし達は、
久しぶりに街中にあるホテルに宿泊し、お風呂にゆっくり浸かり、
長距離移動の疲れを癒したのでした。
そして、ぐっすり眠ったあくる日は、いったい何時だったのでしょう?
何処からか大音響で聞こえるコーランによって起こされたのでした・・・

イスラム圏を旅していると、
早朝と夕方には必ずスピーカーから流され聞こえるコーランですが、
この時はきっと、スピーカーがホテルのそばにあったのでしょうね。
それまで聞いたこともないような大きな音で飛び起きたのを覚えています。

そしていよいよフェズ観光に出掛けたのですが、
先ずは、メディナの広さを知ろうと、高台から見下ろすことになり、
この写真の右上に写る丘を目指したのでした。

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とにかく、世界で一番大きく、周囲は10km以上あるそうです。
それがすり鉢状になっており、細い通路がひしめき合って車など到底入れず、
いまだにロバや馬が貴重な輸送手段です。

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ところで、わたしは旅をしても、むやみやたらにお土産は買わず、
自分の思い出のために自分が本当に気に入った物しか買わない主義ですが、
この旅でも、ガイドの「手工芸品を買うなら本場のフェズで!」との言葉を信じ、
途中にあった、お土産物屋さんの品には一切目もくれずにいたのです。
ですから、丘からメディナへ向かう途中でバスが立ち寄った、
セラミックの工場兼職人の養成所でもあるというこちらをとても楽しみにしていました。
それで先ずは、粘土から絵付け、
また、モザイクタイルが出来上がるまでの工程を見学することになり・・・

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こちらは広い部屋でただひとり・・・
何故か?一段高い所に上がりロクロを回す青年、確か17歳だと言ってたような?


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大きな壺の絵付けの最中、
まだ若い男の子や女の子が一心に細い筆を動かせていました。


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↑これが絵付けされたお皿、ここからまだ焼きがあり、
↓こちらが出来上がり!
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そしてこちらはモザイクタイルの丸いテーブルを製作している様子ですが、
地面に下絵を描きその上に色ごとに分けて周りに置かれた紙袋の中のタイルを置いていきます。

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モザイクタイルは四角く焼き、それを砕いて小さくするのではなく、
鋭利な刃物で小さく削るそうです。
ですから、その小さく削るのも熟練の技が必要なんですね。
ただこの後、綺麗に並べたタイルをどうやって形にするのかを聞きそびれ、
いまだに残念に思っているのですが・・・

そして、見学後はお決まりのショッピングタイムとなったのですが、
こちらは陶器ばかりで、普段使いのものは和食器の方が使いやすいし、
第一に、われ物だけに道中が不安だしと、結局は気に入ったものもなく、
買ったのは小さな壁に掛けて使うバブーシュ型の花瓶だけでした。

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そうやって、バスの中からメディナを出るまでガイドが嘆願するように繰り返し言った、
「迷子にならないように、絶対に離れないで下さいね!!」との言葉を聞きながら、
ようやくこのブー・ジュルドー門をくぐったのでした・・・

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ブルーのタイルで彩られたこちらが表側で、
裏側はグリーンのタイルです。

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そして先ず、門から歩いて数分のところにあるブー・イナニア・マドラサ(神学校)へ・・・
こちらは14世紀にブー・イナニア王が建てたコーランを学ぶ学校で、マリーン朝最大の神学校です。
大きな木の扉から中に入ると大理石を敷き詰めた中庭があり、
その見事さに驚きながら、壁面に目を移すと、
細かな彫刻や漆喰、それに幾何学模様のモザイクタイルやステンドグラスが美しく、
この学校自体が一つの芸術作品のように思えました・・・

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反対側のステンドグラスに陽が当たり、綺麗な模様が浮き出ています。


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そして次を目指して通りへ出て前へ進んだのですが、なかなかスムーズには歩けません!
というのも、こんな狭い道に人はイッパイで、それに加え、ロバも通るし馬も通る!!
それゆえ、その子たちの落し物にも注意しつつ下を見て歩かなきゃいけません!
ましてや、観光客とみると何処からともなく怪しい物売り連隊も現れ、
ウルサイったらありゃしない!!
でも、ここあそこと間口の小さなお店が並び、
わたしはあっちを見たりこっちを見たり、はたまた下を見たりと忙しかったのでした・・・

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子供服も揃って、アラブ調のカットソーが豊富なお店


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どうもスイーツが多そうだけどレシピ本を並べた本屋さん


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こちらは珍しい墓石屋さん


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窯焼きのパンがとても美味しかったパン屋さん
こちらはTV「世界ふしぎ発見」でも紹介されていましたが、
通常は、各家庭からパン種を持ってきて、ここの窯で焼いてもらうそうですね。


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そして何度角を曲ったでしょう?
ぐんぐん奥に進んで、益々道は狭くなり・・・つづく

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サハラの夜明けとある男・・・ [モロッコ]

さて、滞在4日目の朝はこのツアー最大のイベントがありました。
そうなんです!わたしがこの旅行を即決した1番の要因!
旅行社の窓口嬢が感動したと熱く語ってくれたサハラ砂漠で見る日の出です。

サハラ砂漠の入口にあるオアシス都市、エルフードのホテルを4WDに乗って出発したのは、
まだ満天の星が美しかった真っ暗やみの早朝5時半でした。
4~5人で分乗した数台の4WDは、まるでパリ・ダカールレースのように、
砂漠のデコボコの道なき道を疾走するがごとく、約1時間飛ばしに飛ばしたのです。
お陰で、右や左に体を揺らし、はたまた天井に頭をぶつけそうになりながら、
一生懸命手摺に捕まってなきゃいけませんでしたが、
どうにか無事に、サハラ砂漠の北端に位置するメルズーガ大砂丘に到着したのでした。
ただ、そこで終わりではなく、日の出のビューポイントまで30分ほど、
砂漠の中を歩かなきゃいけなかったのです・・・

そんな真っ暗な星の光しかない世界で、砂に足をとられながら歩きだすと、
何処からともなく黒いジュラバ姿であろう人影が現れ、わたしの腕をとったのです。
もうビックリしたわたしは、えっ、ナニ!?この人ナニする気!?と、
顔を見ようとしましたが、とにかく真っ暗で何も見えません!
それで一瞬不安になったものの、片言の日本語で「こっち、こっち」と言うのを聞き、
ようやくわたしを導いてくれてるのだと理解したのでした。

そんなエスコートもあり、しばらくして目的地に着いたのですが、
着いた途端に、先ほどまで傍にいたその人影は何処かへ姿を消してしまい、
あれ?何処いったんやろ?と、不思議に思いながらも待つこと10分ほどで・・・

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うぅ~ん、感動ねェ・・・
これだったら小学4年生の夏休みに四国の剣山山頂で見たご来光の方が感動したなァ・・・
なんて、思いながらふと目を右に移すと・・・
ナント!刻々と変化する砂丘の美しいこと!!
ああ!これだったのだ!!と、ようやく気付いたのでした。

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そして、飽きることなくしばらく見惚れていたのですが、帰りの時間となり、
またしても何処からか近寄って来るジュラバ姿の背の高い男がひとり・・・
近付いて来るのを見て、すぐにあのエスコートの主だろうと察したのですが、
目の前まで来て、よくよく相手の顔を見てビックリ!
あらまあ!見目麗しい~イケメン君ではありませんか!!
いやぁ~まるで映画の中にでも出て来そうなほどに整った容姿で、
モロッコ1のオトコマエに思えたほどでした。

ただ、残念ながら面食いではないわたしは、明るくなった帰りはもう助けも要らず、
スタスタ一人で歩いたのですが、その彼はずっと離れずに付いてきて、
到着するなりチップを要求されたのは言うまでもありません。
ましてや、ちゃんと往復分を・・・
それで受け取った後は、オバサンにもう用はないとばかりに、
そそくさとその場から消え去ったのでした・・・
ただね、今になって思うと、あの彼とはコレっきりではなかったような!?

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砂漠に咲く名も知らぬ可愛い花

じつは、この帰りに現地での暮らしぶりを見学するという旅行社の企画があり、
あるベルベル人一家の暮らすテントを訪れたのです。
この家族は、遊牧民で4~5ヶ月すると、また違う場所に移動して暮らすとのことでしたが、
観光客をミントティでもてなし、また写真のモデルともなり、
チップを貰って生活の足しにしてるんですね。
それで両親と子供たち4人ほどがいたように思いますが、
その中の10代半ば位だったでしょうか?将来はきっと美人になるであろう、
エキゾチックな風貌の1番年嵩の女の子が言葉は交わさずとも・・・
さあ、わたしを写してちょうだい。そしてチップを弾んでね!
と、大きな漆黒の目で言ってるように思え、わたしは何とも言えない思いに駆られ、
思わずカメラを引っ込めてしまったのでした。
なので、魅力的な彼女の写真は1枚もないのですが、何もせずにチップを渡すのもはばかられ、
お父さんの淹れてくれたミントティをいただき、写真も撮らせてもらったのでした。

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でね、今頃になってこの1枚の写真を見るにつけ・・・
お父さんの隣にいる、多分長男であろうイケメンの彼のカメラ目線に気付き、
もしやして、砂漠をエスコートしてくれたあの彼だったのでは?と、
数分前のことながら、顔を全く覚えてないわたしとしては、
ふと気になっているのです・・・

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行きと違い、帰りの道は揺れもなく~

そうやって、早朝の一大イベントも無事終わり、砂漠地帯とはオサラバして、
約500kmをひた走り、いよいよ迷宮の地フェズに辿り着き、
ホテルではこんなかわいいお出迎えがあったのでした。

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やっぱ、被写体にはこちらの方がよろしいようで~~♪

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カスバの女~♪ [モロッコ]

さて前日、4時間もの遅れが生じたために寄れなかった、
世界遺産のアイト・ベン・ハッドゥーへ行くため、昨夜は真っ暗で何も見えなかった道を戻ります。

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へぇ~こんな風だったんだ・・・と、山越えが終わった頃から暗くなったもので、
それまでとはまた違う景色を見て新鮮に感じたのを覚えています。

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そうやってじきに到着し、
興味津々でゆっくりとのぞいてみたいお土産屋さんが並ぶ道を足早に下り・・・

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目の前に現れたのが日干しレンガで造られた要塞化された村で、
モロッコで1番美しいといわれるアイト・ベン・ハッドゥーでした。

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本来なら、迎えに来てくれたロバに乗り、小川を渡って観光するのですが、
何分、前日の4時間遅れがネックとなり、対岸のこちらから見るだけで終わってしまい、
とても残念で、前日のタンクローリーの運チャンを恨めしく思ったわたしです。
それから、ここアイト・ベン・ハッドゥーは沢山のハリウッド映画のロケ地としても有名です。
イギリスの名優ピーター・オトゥール主演の「アラビアのロレンス」に始まり、
主演のラッセル・クロウがこれでアカデミー賞主演男優賞に輝いた「グラディエーター」
そして「ナイルの宝石」「ナイロビの蜂」と、
アフリカを舞台にした映画には必ずと言っていいほどに登場しており、
映画好きな方なら、お馴染みの場所ではないでしょうか?

そうやって、時間の無さを悔しく思いながら、
“ここは地の果てアルジェリア~♪”と、先を急ぐ我々・・・
大小のカスバ(城塞)が点々としている、通称カスバ街道を約410kmひた走りに走って、
サハラ砂漠の入口のオアシス都市、エルフードを目指したのです。

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途中、休憩に寄ったのはバラの栽培で有名な村、エル・ケラア・ムグナで、
写真のこちらは、今はフランス人オーナーが経営するプチホテルです。
道理で鉄の窓枠も一段とオシャレな感じ!

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またお土産屋も併設されており、お土産用か?凝った飾りが目を引くタジン鍋と共に、
砂漠で採れるアンモナイトなどの化石や素朴な作りのカスバの置物などもありました。

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そしてこのカスバ街道を走り出すと桜に似た木を見かけるようになったのですが、
これはアーモンドの木で、1月から2月にかけて白からピンクへと花の色が変わり、
5月から7月にかけてアーモンドの実がなるそうです。
それが7月から8月には完熟期をむかえ、黄金色の実となり収穫されるそうです。

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そうやって車窓にいろんなカスバや、そこに暮らす人々の日常を眺めながら、
わたし達のバスは“どうせカスバの夜に咲く~♪”と荒野を走り・・・

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この日のランチに向かったのは、200mもの切り立った岩壁がそそり立つ
トドラ渓谷のレストランでした。

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何でもヨーロッパのロッククライマー達はここを練習場としてるそう・・・

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そしてメニューはこれが2度目となるタジンです。
今回のは、色目も鮮やかなサフラン風味でチキンとじゃがいも、
それにレモンとオリーブが一杯入っていました。
ただ、見た目は食欲をそそるけど、チキンが大の苦手な姉は勿論、わたしもあまり食べれなかった・・・

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その後、デザートとしてナツメヤシの実とオレンジが運ばれ、
このオレンジが甘くて美味しく、タジンの分もといただいたような?
それから、ナツメヤシの実は煮たのやら干したのやらと、いろんなのがあるそうで、
これは干したので、干しブドウのようなお味でした。

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そうやってランチを済ませ、“明日はチュニスかモロッコか~♪”とまたまた走り、
この日の最後の観光場所となったのは、
中国タクラマカン砂漠から西アジア、北アフリカなど乾燥地域にとっての必需品!
間隔をあけて縦穴を掘り、底のトンネルを地下用水路として使用したというカナートです。

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現在ではもう使用されていませんが、一部を観光用においてあり、それまで何処にいたのか?
我々が近付くと、急にガイドらしき青年が何処からともなく現れ、
頼みもしないのに、我々がのぞいた穴から入り込み、
一つ向こうの穴から出てくるというデモンストレーション付きでしたが、
チップが生活の支えとなるこのお国・・・
はてさて、あれのチップは何方がお支払だったのか~?

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辛抱のアトラス越え [モロッコ]

そして23日の朝を迎え、午前中はマラケシュ市内の観光となり、
先ずは延々とオリーブ林が続く、メナラ庭園へ行きました。
12世紀のムワッヒド朝時代に造られた貯水池のある広大な庭園で、
当時はスルタンたちのデートスポットでもあったとのことでしたが、
別にさしたる見所もなく、わたしのカメラには
日本のより数倍も立派な葉のオリーブの写真が残されただけ・・・

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その後、旧市街へ移動し、サーディアン朝の霊廟バヒア宮殿など、
入口までは行ったけど、何故だったか内部には入れず残念だったのを覚えています。
ただ、街中を歩くだけでも遠い異国の地へ来たのだというのは充分実感でき・・・

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塀の上にはコウノトリの巣が・・・

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こうやって旧市街の散策後、先を急ぐ我々はバスに乗り、いざアトラス山脈を越え、
その南側に位置する約200キロ離れたワルザザートを目指したのです。

朝方はヒンヤリしていたのが徐々に温度も上がり、まるで春の陽気かと思えるような午後、
延々と咲き続ける道端のサボテンを見ながらバスに揺られ、

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途中、土の住居に暮らすベルベル人経営で、見晴らしが素晴らしいドライブインに立ち寄りました。
そしてここで、ビールを売っているのを見付けた姉が「どう?飲む?」と聞いてきたのですが、
何分、トイレのないバスなもので「要らない」と答えたわたしはエラかった!?
だって~その後、大変な事態に遭遇することになるんですモン・・・

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そのドライブインを出て快適に30分程走ったところ、
急にスピードダウンしたかと思うとわたし達のバスは、ピタッと停まってしまったのです。
それで中ほどに座っていたわたしは、どうしたのかと座席から身を起こし前を見ると、
あらまあ~こんな山中で渋滞を起こしてるではないですか!!

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でね、この時は、まあその内動くだろうと思いつつ・・・訳が分からず1時間が過ぎ、
その内ポリスがやって来て、数台前のタンクローリー車が事故ったことが判明し、
悪い事に、そのタンクローリーが危険物を搭載していたために、
事故処理に2~3時間はかかると言うのです!

さて、そう聞かされて、一瞬にして顔面蒼白になった女性がひとり・・・
先ほどのドライブインで、美味しそうにビールをお召し上がりだったその女性、
自然の法則で、もう我慢ならないと今にも泣き出しそうなお顔です。
それで、歩いてでも先ほどのドライブインまで引き返そうかとお話でしたがそんな時、
後部座席でいつもガイドの話も聞かず賑やかにお喋りなさってたオバサマ方がスックと立ち上がり、
「わたし達で囲いを作るからその中で済ませなさい」とおっしゃったのです。
あらまぁ~サスガ年の功といいましょうか!?
ちょうど片側は山ですし、誰の目もないのも幸いと、暑くて脱いでたジャケットを手に、
バスを降りて少し斜面を登り、わたし達もお手伝いした次第です。
いやぁ~モロッコまで来てこんなお手伝いをするなんて、夢にも思いませんでしたが、
今になってみると・・・アトラス山脈といえば、これを1番に思い出すのでした・・・

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そんなハプニングがありながら、ようやく4時間後にバスは動き出し、
対向車が延々と続くのを見て、いかにこの4時間が長かったかを痛感し、
最初の村のドライブインらしきところで、停車したバスから我先にと1番に飛び降りたのは、
誰あろう!このわたしだったのでした・・・

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そしてこの後、道は益々険しくなりスペクタクルでダイナミックな山岳ルートそのものとなり、
ようやく、このオート・アトラスの最高地点であるティスカ峠(2260m)に到着したのです。

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ティスカ峠から見たアトラスの峰々

そんなハプニングのお陰で、ホテルへ行く前に寄る予定だった
世界遺産アイト・ベン・ハッドゥー観光はあくる朝への変更となり、
真っ暗闇の中、バスはワルザザートのホテルを目指したのでした。

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わたし達の部屋の可愛いインテリア、でもゆっくりする間もなく・・・

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マラケシュのふしぎ? [モロッコ]

土曜の夜、TBSTVであります「世界ふしぎ発見」はご覧でしょうか?
クイズや旅の好きなわたしは時々、チャンネルを合わせるのですが、
先月の半ばに放送された“オトナを酔わす迷宮 モロッコの秘密”を見て、
ふと、3年前に自分が訪れた時の事を思い出しました。
それで番組を見ながら、もう1度自分の旅を振り返りたくなり、
当時の写真を引っ張り出して、思い出と共にここに記しておこうと思います。

つい最近のように思いますが、もう3年も前になります・・・
2007年2月21日23:15関西空港発のエミレーツ便に乗り、
中継地のドバイに到着したのはその約12時間後・・・
そして22日7:50ドバイ発の同じくエミレーツ便に乗り換え約8時間で、
ようやくモロッコの玄関口であるカサブランカに到着したのです。
その時は12:50という、飛行時間が計20時間の長い旅でした。
いやぁ~シンドカッタ!今、思い出してもシンドカッタ!!
とにかく、こんなに時間が掛かるなんて、考えもせずに出掛けたのだから・・・

いつものように冬のセールを済ませ、旅友である姉と二人で旅をするにあたり、
今回は何処へ行こうかと、相談方々お馴染みの旅行社へ出向きました。
それで、偶然居合わせた受付嬢が行って来たところだと話し始め、
「このツアーはおススメですよ、砂漠での日の出が最高でした!」
との言葉で即決したのでした。
そんな訳で、添乗員付きのツアーで、リーズナブルで効率よく観光ができるけど、
好みの食事や余裕のある時間設定は諦めなきゃねと、それも覚悟していたのです。
ただ、いつもならする下調べを添乗員付きのツアーだからと、全くせずにその日を迎えてしまい、
恥ずかしながら、そんなに遠いということも知らずに機上の人となったのでした・・・

そしてようやくカサブランカに到着したものの、ツアーではゆっくりすることもままならず、
カサブランカにはまた舞い戻るということで、直ちにマラケシュ目指してバスに乗り、
途中のドライブインでモロッコ初のお食事となったのです。

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今でこそ、日本でもタジン鍋は大人気ですが、わたしはこの時が初タジンでした。
そして、1回目のこの時はまさかその後に苦しみが待っていようとは夢にも思わず、
お砂糖抜きのミントティと共に美味しくいただいたのでした。

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豚がぶら下がったドライブインのお隣のお肉屋さん

そうやって、モロッコで2番目に古い街マラケシュに到着したのは、
今にも陽が傾き始めようかという頃でした。
そしてまずは、マラケシュのシンボルであるクトゥビアの塔

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ここ、マラケシュは旧市街が世界遺産に指定されていますが・・・
11世紀後半、ベルベル人による最初のイスラム王朝ムラービト朝の都として築かれ、
それ以後は商業都市として栄えた街なんですね。

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それでこのクトゥビアの塔は、12世紀に築かれた世界最大級のモスクの塔だったそうですが、
残念ながらもう、そのモスクはありません・・・

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民族衣装のジュラバをお召になり、信号待ちする人々

そして先日の「世界ふしぎ発見」でも登場しました。
マラケシュでは1番の見所であるジャマ・エル・フナ広場へ行ったのです。

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この広場は昔、公開処刑場だったそうですが、
今では夕方ともなると、沢山の物売りや屋台、そして大道芸人たちが集まる賑やかな場所となっています。
そういえば、ミステリーハンターのお嬢さんも「人のエネルギーに圧倒される」とお話でしたが、
わたしもまるでアミューズメントパークのようだと感じたのを思い出します。

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そしてもうひとつ、ここで思い出すのは、
そんな中でも一段と大きい人だかりを見付けた時のことです・・・
いったい何をしてるのかと興味津々で近付いたのですが、
あまりにもの多くの人でなかなか中を覗くことができず、
どこかすき間でもないかとウロチョロしていてハタと気付いたのです!
ナント!わたしのまわりは逆ハーレムの如くに男性ばかりで、よくよく見渡せば、
その沢山の人垣はみな、老若男男だということに~~!!

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いやぁ~あの時は本当に驚いて、あわててその場を離れましたが、
あの後もあんなに沢山の男性ばかりがいったい何をご覧だったのか?と、
とても不思議に思っていたところ、先日の「ふしぎ発見」で判明したのです。
どうやら蛇使いの大道芸をご覧だったようで、サスガTV取材!
ミステリーハンターのお嬢さんが大蛇を首に巻き付けておいででした。
あっ、でもやはり・・・
TVに映された周囲には男性の姿しかなかったけど・・・

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ジャマ・エル・フナ広場からクトゥビアの塔をみて

そうやってその後、ようやくホテルに到着し、ホッとしたのもつかの間・・・
まだ、民族音楽ショーを見ながらのディナーがあったのです。
でもいかにせん、あまりにも疲れ過ぎたわたし達は添乗員にお断りし、
自分達の部屋で日本から持参したカップ麺を食べ、早々に眠りについたのでした。
そしてグッスリと寝て、あくる朝は・・・

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